るなてぃっく野狐

野良狐がゆっくりと錯乱していく

「アンドロイドが恋人」は実際どうなるのか

まだ二十歳の頃、mixiというのをやっていて、その頃の僕の書いた日記を見てみると、こんなことが書いてあった。

 

「僕の思う女性の魅力的な瞬間ベスト3」
第三位:化粧をしている姿を、鏡越しに見られていることに気づいた瞬間
第二位:脇にクリームを塗りながら、背後でそれを見ているこちらの視線に気づいた瞬間
第一位:時に激しく咳き込む

 

なかなかな変態である、と我ながら思った。学生の頃、友人から変態と呼ばれている理由がわかった気がした。だが、これらにはちゃんとした共通点があるということを、僕は六年の歳月が過ぎてから偶然にも発見した。あの頃はただ魅力的だと思った断片を切り取っていただけだったが、帰納的思考を用いることによって、「魅力」という概念を、より普遍的に定義することに成功したのだ。概して、僕が女性の魅力を感じるのは「女性が油断した瞬間」である。

「女性が油断した瞬間に魅力を感じるんだぁ」

この発言だけ聞くと、ただの危険人物と判断されかねない。よって帰納して辿りついたこの概念を、再び演繹して具体的な現象に落とし込んでいくことにした。変態でもなければ、危険人物でもないということを立証するためだ。油断した瞬間を幾つかピックアップし、脳内劇場にてエピソード化してみた。恋人が人間だと生々しく感じるかもしれないため、「恋人はアンドロイド」という設定である。

 

【冬の帰り道】
二月のある日、仕事帰りのことである。夜、寒さも一層増していく中、僕はコートに身を丸めながら、渋々電車を降りる。早く帰って千紗に会おう、そう思っていたが、改札を出ると、そこに、千紗が笑顔で待っていた。
「寒いかなと思って、来ちゃった」
彼女は少し顔を赤らめながら言う。そうして千紗は僕の手を握ると、体内のエネルギーを熱還元し、手の平から緩やかに放出させた。
「千紗、いつもありがとう」
「いいのよ、私の手で暖まってくれたら、それだけで幸せだわ」
「思ったんだけど、千紗は毎回こうやってエネルギーを放出させてて、大丈夫なの?」
「何言ってるのよ、私の体内には原子炉3幾分のエネルギーが詰まってるのよ、エネルギー切れになんてならないわ」
「そうか、いや、それならいいんだが」
冬が来るたび、僕は彼女の愛を、そうやって手の平から感じ取ることができる。原子炉3機分の愛。それは、彼女が機械であることを物語っている。だが、例えロボットだとしても、愛は存在する。千紗と僕は、お互いに心から愛し合っていた。
「千紗、見てごらん、雪が降ってきたよ」
「あ、本当だ」
空を見上げて、ぱらぱらと降る白い粉を僕らはしばらく眺めた。はるか上空の雪は見えないのに、顔に落ちる直前で、雪は姿を現す。それがなんだか神秘的で、その神秘を千紗と見られている状況に、幸せを感じた。彼女の手から伝う核エネルギーに、その幸せは増幅させられる。
「千紗、なんだか、神秘的だね」
「・・・・・・」
「千紗?」
千紗の方を向くと、彼女は上空を見上げたまま、静止していた。何事かと思い、僕は彼女を揺すって「千紗、千紗!」と叫んだ。たが、彼女は動かない。呼吸はしているのか?彼女の顔に耳を近づけると、小さな音で「ぴー、ぴー、ぴー」と鳴っているのが聞こえる。6回目くらいの電子音の後、無機質な機械音が口から聞こえてきた。
「エラーコード、4・3・5ー 直ちに ”右眼球” を取り除き、水気を取り再装着してクダサイ」
そう言ったきり彼女は動かなくなったので、僕は彼女の顔面表皮を剥がし、素早く右眼をくり抜いてからあらわになった顔にコートを被せた。首に巻いていたマフラーで眼球を隅々まで拭き、十分に水気を取ってから、コート下にある彼女の顔にゆっくりと差し込む。ぎががが、という機械音とともに、彼女は全身で痙攣を幾度か起こす。しばらく止まったままだった彼女に「千紗・・・?」と、小さく声をかける。コート越しに彼女は答えた。
「あっごめん、眼球部分から水分が入って視覚神経付近のシステムがエラーを起こしていたみたい。恥ずかしいわ。あ、私の顔の皮、返してくれる?」

 

【映画館】
千紗には感情があるー それは、映画館に行ったときも実感できる。彼女はホラーが苦手なのだが、恐怖よりも好奇心が勝ってしまうのだろう、ホラー映画の番宣がテレビで流れていると「行きたいなぁ」と小さくこぼすのである。そういうわけで、千紗とは今月も映画館デートをすることになった。
「ごめんね、また見たいなんてわがまま言って。野狐は見たかった?」
「うん、この映画、俺もめっちゃ見たかったし。むしろ、誘ってくれてありがとう」
「なんか、楽しみだね、見る前からどきどきしてるわ」
そういって彼女は自分の胸を押さえる。見ると、心臓部が少し発光している。
「なんか光ってるけど、大丈夫?」
「あ、うん、爆発とかはしないし安心して。ね、ポップコーン食べたくない?」
「いいね、さすが千紗、映画館の楽しみ方を分かってるね」
席に着くと、スクリーン上では他の映画の予告編が流れていた。本編のジャンルに合わせ、予告編でも怖い映画が宣伝された。「怖そう、あ、あれも見に行きたい」二人小声で囁き合いながら、本編が始まるまでの時間、僕らは楽しんだ。
本編が始まり、劇場は暗くなる。隣で「こわいよーう」と囁く千紗の声が愛らしかった。映画は和ホラーのような陰鬱なものではなく、ジェイソンやフレディのようなスプラッタ系の洋ホラーだ。主人公の少年たちがキャンプ場で謎の殺人鬼から逃げる、というベタな設定だが、殺人鬼が突然横から飛び出したり、逃げ惑う少年たちに仕掛けられた罠が突如起動したりで、場内からはちらほらと「わー」とか「きゃー」とかの声が聞こえてきた。千紗も普段なら小さく悲鳴をあげるのに、初めのシーンでびくっと動いた程度で、その後はとても静かだった。ホラー映画を何編も見ているから、耐性がついたのだろう。
「千紗、だんだん耐性がついてきたんだね」耳元付近に囁いたが、彼女は何も答えない。
横を見ると、彼女の頭は首から外れ、膝元にころんと落ちていた。目は丸く見開かれていて、口は顎が外れるくらいに縦に伸びていた。さながら生首が睨み付けられるように、彼女の顔は、まっすぐ、こちらを向いている。僕は頭を拾うと、彼女の首に装着した。
「あっごめん、びっくりした拍子に頭とれちゃった・・・映画、どうなった・・・?」
次の日、同じ映画を見に行くことにした。同じことが起こらないようにと、彼女は恥ずかしそうに、首にガムテープを巻いていた。

 

【トイレ】
千紗と岐阜に旅行に行ったときの話である。養老の滝の帰り道、旅館にすぐ戻るつもりが、バスが整備不良を起こし動かなくなり、僕らは二時間ほどバスの中に閉じ込められてしまった。ちょっと暑いくらいで、千紗も特に大丈夫そうだったが、部屋に戻るや否や、少女のように「漏れる漏れるぅ!」と声を荒げながらトイレに駆け込んだ。かちゃっ、と鍵のかかる音が聞こえて、その後部屋は静かになった。
トイレの鍵というのは面白くて、内側から鍵をかけることは勿論のこと、実は外側のドアノブ中央にあるくぼみに硬貨などを差し込んでくるりと回せば、開くようになっている。非常事態のためにそういう仕様になっているのだろうが、僕にとってはそれは悪戯のためのくぼみにしか見えなかった。
小銭入れから十円玉を取り出し、僕はゆっくりとトイレのドアに近づき、くぼみ部分に十円玉を差し込んだ。音を立てないよう、ゆっくりと回す。ここで音がなってしまえば、彼女をびっくりさせることはできない。油断している瞬間を見るためには、こちらの行動を悟られてはならないのだ。全神経を親指と人指し指に集中させ、細心の注意を払いながら僕はロックを解除した。
そして、勢いよく扉を開く。
「ばぁ!びっくりした?ってうあぁぁぁ!!!!!」
てっきり、便座にちょこんと座って、内股で「うーん」とか言いながら用を足していると思っていた。なにせ、用を足すために入ったのである。
便座に座るところまではあっていた。だが、そこに座っていた彼女は決して用を足しているわけではなかった。頭部を右手に持ち、左手を腹に突き刺していた。腹からは赤褐色の液体が大量に流れ出ていて、床一面にそれは広がっていた。腹の方を向いていた頭部は、手首ごとぐるりと回転すると、頬を膨らませながら僕に言った。
「もう、ちょっと!油圧ポンプのスタビライザーが液漏れを起こしてる瞬間とか絶対に見られたくなかったのに!!!」

 


設定を間違えました。