るなてぃっく野狐

野良狐がゆっくりと錯乱していく

wi-fiを飛ばせない豚はただの豚

この一ヶ月ほどをスペインで過ごしている。

昨年度から続いているプロジェクトもいよいよ終盤に差し迫っており、今回が最期の出張となる予定だ。
スタートから考えるとおよそ2年経過しており、なかなか感慨深いものがある。終わりまで油断がないように頑張っていきたい。

さて、そんなことでビルバオのとあるホテルに連泊しているのだが、ワイファイが数日前からほとんど繋がらない。メールもラインも通じない、周囲との連絡を断絶された状況に陥っている。

今朝、あまりにも繋がらないので、朝食のあと受付にクレームを入れにいった。

「ワイファイが全く繋がらないのだけど、プレミアムワイファイとかあるかな?」
「残念ながらそういうのはないわ」受付のピッグのようにビッグな女性が答える。
「そうか・・・どうしよう、メールも全く通じないし、仕事ができる状態ではないんだ」
「んー、ルータのリセットくらいならできるけど」ピッグのようにビッグな女性は前足で受け付け奥を指指した。
「ああ、それじゃあ頼むよ」
「10分くらいはかかるから、あとで繋がるようになるわ」
「ありがとう、助かるよ」

およそこんな会話をした。ピッグのようにビッグな女性は眼鏡越しにこちらを見て、軽く笑みを見せる。
僕が受け付けから去るや否や、彼女はズシンズシンと受付奥に姿を消した。

部屋に戻る途中、恋人にLINEを送ると、ポロリンと音が鳴ってメールは速やかに送信された。
なってことだ、あんな身なりの女性がこれほど速く問題を解決してくれるとは!
あまり人と交流を図っていないせいか、そんな感動を軽く覚える。
「受付の方、ビッグなピッグと思ってごめんなさい」
そう思いながら僕は部屋に戻る。

さて、ワイファイが使える状態になったところで僕は自室のPCでgoogleを開いた。


すると、なんということだろうか。起動しない。数秒前までは通じたワイファイがまた使えなくなっている。

「・・・まあ、そうは言っても彼女は元々10分かかると言っていたし、先ほどのはたまたま繋がったのかな」僕は気を取り直してシャワーを浴びることにした。

ついでに溜まっている洗濯物も洗うことにした。
日本のホテルで洗濯物を受け付けに預けたことがないから価格を比較できないが、スペインではホテルの受付に渡すと、どこも一枚数百円はかかる。
下着でさえ一枚500円くらいかかるので、僕は持参した洗濯板と洗剤を使って風呂場で洗濯物を洗うようにしている。だが、今泊まっているホテルに「風呂」はなく、一畳ほどのシャワールームのみ。そこにしゃがみ込み、上から降り注ぐ熱湯で服を濡らし、洗剤をつけて洗濯板でごしごしする姿は、昔漫画で見たみすぼらしい妖怪を連想させることだろう。

身体を拭いて服を着てから、部屋の反対側にある窓を開け放ち、これまた100均で買ったロープをかける。
洗濯物をひとつひとつ丁寧に干して、ひと仕事終えた感に浸りながら僕は再びgoogleを開こうとした。

繋がらない。

「んだよこれぇー」

小さな声で、だが確かな怒りを声に乗せる。
それが受付に届くはずがないのは必須だし、届いたところで日本語なんて通じないだろうが、何か言葉を発せずにはいられなかった。

「ワイファイを飛ばせない豚はただの豚だなぁ」

なんて、限りなく理不尽な悪口まで言ってしまう。


日本にいるときは携帯電話をあまり携帯しない非携帯電話ユーザーな僕だが、異国の地でネットが繋がらないのは致命傷だ。

そのとき、ポロリンと音が鳴った。
「あれ、メール入ってきたかな?」スマホを確認してみるが、メールは入っていなかった。念のためLINEを開いてみるが、恋人からに続けて送ろうとしたメ−ルは再送マークがついていて送られていない。
また、ポロリンと音が鳴る。ポロリン、シュン、ポロリン、ポロリン、シュン、みたいな音が立て続けになった。

洗濯物を干した窓を見た。
外からだ。

僕の部屋は5階の端にある。
おそらく、階下や隣の部屋で同じく窓を開けている部屋から聞こえてくるのだろう。
タイミングの問題か、複数の人間がメールをしている音が連続的に聞こえてくる。
ポロリン、シュンと聞こえると、別のところからはピコーン、ポワンみたいな音が聞こえる。

しょぼい電子音オーケストラといったところだろうか。

だが、それは僕の胸を高鳴らせる。

「今なら繋がるかもしれない・・・!」

そんな期待を胸に、僕は恋人に送りたかったメールの再送ボタンを押す。
スマホの画面左上、ワイファイのマークは入っている。
隣でくるくると円が回り、今か今かとその瞬間を待った。

「デュン」

駄目だった。

LINEを送れない時の音はなぜこうも絶望的なのだろう。

絶望に浸っている間も外からはシュンシュン電子音が聞こえ、小学校の頃いじめられていた記憶がフラッシュバックした。

部屋が高いところにあって、隅っこだからなのだろうか・・・
自分だけ文明から疎外される感覚だった。

受付に部屋を替えて貰おうか悩みつつ、その前にすべきことをした。
CotEditorを開き、ネタを書く。

日々のちょっとしたことがネタになる。
それを誰が読んでいるかなどわからないし、おそらく読者がこれを読んで有意義な時間を過ごせるとは思わないが、僕はそれでも書く。
ふんふんと書いていると、いつの間にかここまでで2000字を超えている。

書いている途中、正確に言えば "100均のロープを窓にかけるあたり" で「ニュキニュキ」と音が鳴った。
僕のLINEは「ニュキニュキ」音にしている。LINEでは「ポキポキ」と表示されているが個人的にはこれは「ニュキニュキ」である。

恋人からメールが入っていた。

「繋がった!」

しばらく恋人とのメールを楽しんでいると、メールが止まった。

原稿に戻る。
繋がる、止まる。
原稿に戻る。

彼女からの送信時間を見てみると、こちらに届く5分前や10分前になっていたりする。
やはり、回線が遅いのだ。

だが、繋がることはわかったので、部屋移動はしないことにした。
部屋移動をするには、今この戦場のように散らかった部屋を片付け、全てコロコロにしまう必要があるのだ。それほどの労力を、僕は午前中に消耗する気はないし、そんな気力も残っていない。

 

これからスターバックスにでも行って、仕事とブログに取り組むことにしよう・・・

 

異国の地で過ごした、とある日曜昼下がりの出来事であった。