るなてぃっく野狐

野良狐がゆっくりと錯乱していく

ウインクの数だけ・・・目がしぱしぱする!

またまた仕事でスペインに来ている僕である。
スペインに来るたびに思うこと、それはスペイン男性のウインクの頻度の多さだ。
色んな国に旅行や仕事で行っているが、スペインほどのウインク頻発国が他にあるだろうかと思うくらいだ。
そんな「俺の中でのウインク頻発国第一位」の栄光を授かるスペインでの一日を振り返ってみた。

朝、5時半に起床。
身なりを整え朝ご飯に向かう。
エレベーターで男性と乗り合わせ、おはよう、と言うと、おはようとともにウインクが返ってくる。
朝食会場で適当な席を見つけ、パンと目玉焼きが乗った皿とオレンジジュースをテーブルに置く。
ウェイターがやってきて、部屋番号の確認をする。告げると、ウインクが返ってくる。
食後、珈琲を飲もうとネスプレッソマシンに向かう。少し列ができているので何を考えるでもなく僕は並ぶ。
目前の男性は注ぎ終わると、僕の方に振り返り、すれ違う際に肩をぽんと叩き、ウインクをしてくる。
朝食も珈琲も煙草も吸い終わると、僕は自室に戻って仕事の準備をする。
2時間ほどの静寂な時間、パソコンをひたすらぱちぱち叩く音が広い部屋に反響する。
一緒に働いている人との打合せに向け、ホテルを出る。歩くこと30分で目的のオフィスに到着。
この数ヶ月頻繁にスペインに来ており、頻繁にこのオフィスに来ているため、オフィスに入ってみんなに挨拶する。
女性の従業員はこんにちはと返し、男性の従業員はこんにちは、握手、そしてウインクのスリーセットで返してくる。
朝、ホテルを出るまでの3ウインクに加え、おそらくここで5ウインクくらいは獲得した。
昼前で、既に8ウインクである。
さて、会議を終えると、この日はランチに連れて行きたいと言われたのでついていくことにした。
スペイン北部、バスク地方の独特の文化らしいのだが、「チョコ」と呼ばれる家に集まり、知り合い、初対面に関わらず十人程度で昼から飲むらしい。
「室内で煙草を吸ってもいいし、裸になってもいいし、踊ってもいいけど、ひとつだけやっちゃいけないことがある」
カルロス(一緒に働いている人)は運転しながら、そう話し始めた。
「やっちゃいけないことって?」
僕は何気なしに聞く。
「水を飲むことだ」
カルロスはそう言うと、がははと笑いながら斜め後ろに座る僕にウインクをした。
・・・彼は、そして一緒に車に乗っている他の二人も僕を酔わそうとしているらしい。酒に弱いこの僕を。

さて、迷子になりながら車を1時間ほど走らせたところで、チョコに着いた。
途中、山道を走ったり、羊の群れの横を通り過ぎたりで、家は完全な田舎にあった。
広大な庭、目と鼻の先には羊や牛が草を食べている風景が広がっている。
そこにひっそりと佇む、レンガ作りの古民家のような家が、チョコだった。
日本で言う避暑地のような場所だろうか。
門では牧羊犬が迎えてくれ、さらに奥からバランスボールのような男性が出てきた。
よくわからないスペイン語の挨拶を交わしながら、やはりそのバランスボールも僕にウインクをしてくる。
中に入ると、ロッジのような作りの広い空間があって、木をそのまま切って板にしたかのような長机の上にご馳走が並べられていた。
赤ワインがなみなみ入ったグラスを貰い、立ち話をしている内に、一人、また一人と人数が増えていく。
誰かが入ってくるたびに挨拶をして、ウインクをされる。僕ら4人以外にも9人が集まり、内半分は僕にウインクをしてきた。
一日のウインク数を累計すると、この時点で既に15ウインクを獲得している。

全員が揃うと、長机にみんなで座り、乾杯も何もなく食事が始まる。
スペイン人はよくしゃべる。
到着してから静寂というものが一切ない中、食事が始まるともっともっと騒がしくなった。
その雰囲気がいいのだろう、そこに集まった計14人(ホスト含め)の男性は絶えず笑い、喋り、食べていた。
席に着く前に、既に一杯の赤ワインとチョリソー4本くらいを食べ終えた僕は腹八分目までいっていたが、
ロブスターとひよこ豆のスープが皿いっぱいに入れられ、その後子羊を丸ごと焼いた肉をどーんと皿に盛られた。
ただ座って笑っている僕に、周囲の人たちは会話の合間合間に目を合わせ、微笑んだり、やはり、ウインクしてきたりする。
ワインが少なくなると注がれ、死にものぐるいで目前の皿に置かれた子羊を食べ終えると2つ目の塊が盛られる。
自動的におかわりが出されたところで僕の脳裏には映画「セブン」のワンシーンがフラッシュバックした。

苦しそうに食べたのがバレたのか、目配せをしてきていた緑の服を着た男性が僕の隣に座るアロンソ(この人も一緒に働いている人)に何かを言う。
アロンソは「無理して食べなくてもいいからね」と言ってくれる。どうやらさきほどの緑男がそう言ってくれたようだ。
おーけーおーけーと言うと、緑男は離れた席から僕に向かってウインクしてきた。

さて、結局は赤ワイン3杯ほど、子羊たんまり、チョリソーたんまりを平らげた僕は苦しくなり、少し外に出ることにした。
チョコの出口には先ほどの大きい犬が道を塞ぐように寝転がっていた。先ほどワインを飲みながら彼の名前がピンチョであることを知った僕は、「ピンチョ、ピンチョ」と呼びながら手を叩いた。すると、彼はずんぐりと起き上がり、おっとりとこちらを見る。
頭を撫でると、身体をすり寄せてくる。もう、たまらなく可愛い。
「よしいい子、ピンチョこっちおいで」と言って彼をベンチに呼ぶと、のそのそと身体をベンチに乗せ、僕の肩に顎を乗せてきた。
ちなみに彼はとても大きくて、顔は僕以上にある。顎を乗せられると肩にはずっしりと重みがのってくる。それくらいでかい。
ああ可愛い可愛い、そう思ってひたすら撫でていると、一人男性が電話のために外に出てきた。しばらく電話で話してから用事が終わり、チョコの中に戻るとき、僕が犬と戯れているのを見て、ウインクをしてきた。これが一人ならまだしも、その後来た別の男性においても同じことが起きる。

一通りピンチョと戯れ、酔いをある程度冷ましてから、チョコの中に戻ることにした。
室内には煙がもくもくと立っていて、見ると数人が葉巻を吸っていた。
「おう野狐、どこに行っていたんだい、これは君へのプレゼントだよ」と、アロンソが葉巻を渡してくれた。
初めて吸うと言うと、向かいに座るPOLOのポロシャツを着た男性が「貸してみな」という仕草をしたので、彼に渡した。
「ライターはあるかい?」とこれまたそんなジェスチャーをされ、ライターを渡す。言葉を発しなくても意思疎通ができることを祝してだろうか、彼はここで一回ウインクを挟む。
さて、ポロポロマン(愛を込めた愛称である)は受け取った葉巻の先端を専用のカッターで切り、葉巻を火であぶり、さらに先端に火を点けてから煙が出るまで葉巻を振り続けた。その仕草を下ネタと捉えた隣の男性が茶々を入れ、「上手いこと言うね」的な感じのウインクが二人の間であった。
「あ、スペイン人同士でもウインクするんだ」と、実はそのとき初めて思った。
まあそんなわけで葉巻を渡された僕は案の定ウインクされ、しばらく吸ってから灰を落とそうとすると「のんのん」と言われ、灰は静かに落とした方がいいという助言をウインクとともにもらった。吸い終わるまでの間、アロンソにもカルロスにも「美味しいかい?」と聞かれ、美味しいと答えると二人ともウインクを返してきた。

さあそんなわけでスペインの本当の「昼食会」を体験した僕だった。宴も酣、ではないが、17時頃を迎えてお開きとなった。
「これからみんなどうするんだい?」と聞くと「これから職場に戻るよ」と顔を赤くしながらみんな答える。
赤らむ顔で仕事ができるのか、そもそもこの量の酒を呑んで運転がまともにできるのかが疑問ではあったが、「じゃあまた」と握手を交わしながらみんなとお別れをした。やはりここでも、数人はウインクをしてきた。

その後、カルロスは顔を赤らめながら車を運転し、僕を無事、ホテルまで送ってくれた。
仕事の留意事項だけ最後に確認しあって、僕らはお別れをした。

そんなわけでホテルに戻り、一日が終わる。
僕が記憶している限りでも28〜30ウインクくらいは得点をあげた。
確かに特殊な一日だったからかもしれないが、それでもこの数字は異常である。
「歌舞伎町のホストが一夜で髪の毛をくるくるする回数」と同じくらい行っているのではないか。
そう言うと、この回数が多いのか少ないのか、逆にわからなくなってしまうが、まあ、つまりスペインは、僕の中では公式にウインク最頻発国であるということだ。

みなさんも、スペインに行った際は一日にもらうウインクの数を確認してみて欲しい。
そしてもしあなたがウインクマスターであれば、一日でいいから、ウインクにウインクで返してみて欲しい。多分一日経てば、右目がウインクのしすぎで筋肉痛になることだろう。

ウインクできない僕は、痙攣を起こす右目を想像しながら今はリトアニアに向かっている。
さて、リトアニアのウインク事情はどうだろうか、少しだけ楽しみである。