るなてぃっく野狐

野良狐がゆっくりと錯乱していく

恋愛方程四季

秋がやってきた。

総じて秋というのは素晴らしい季節である。食べ物は美味しいし、おしゃれができる。何より、夏から秋への気温下降が素晴らしい。心地が良い。早朝に散歩に出れば、自然と鼻歌を歌っていたくなる。今朝はピアノを弾いていた。これも秋のせいだろう。そんな朝、ぶるぶるっ、と友人からメールが送られてきた。

 

「季節でだれが一番好きなんやっけ?」

 

おそらく「どれが一番好き?」と聞きたかったのだろう。た行で下フリックをしたつもりが実はされていなくて、そのまま濁点をつけてしまった、比較的ありがちは打ち間違い。

可愛い間違いをしよる、そう思ったのもつかの間、果たしてそれを本当に打ち間違いと判断して良いのか、と僕は冷静になった。最近友達になった人だし、もしかしたら僕が知らないだけで彼は「季節を擬人化する変態」なのかもしれない。或いは、自分の変わった性癖を何気なくカミングアウトしているのかもしれない。打ち間違いという逃げ道を作りながら、どこか他人にも理解してもらいたいー。そんな気持ちでこのメールを打っているのだとしたら、当然、僕としてはおざなりな対応はできない。

 

「んー、亜希かなぁ」

 

友人のメールに対して、僕も彼同様に、変換ミスという逃げ道のある内容を返す。返事を返して、再びピアノと向き合う。秋を感じながら打つと、いつもよりピアノの鍵盤を優しく撫でて弾いているような気がした。いつもより、綺麗にリズムを取れている気がした。乾いた空気に、音が流れ出るのが見える気さえした。これも全て、秋のせいだろう。

ちなみに僕はまだ両手でピアノを弾くことができない。”世界の終わり。”の「幻の命」を練習しているのだが、導入部分でつまづく。片手だったら弾けるのに、両手になった途端、音が外れまくって僕は見事な不協和音を奏でる。不協和音の申し子だ。片手であれば手を見ずとも弾けるのに、何故か。それは僕の右手と左手が双方典型的な日本人だからである。集団心理というやつだ。その事実がある限り、多分ピアノは両手で弾くことはできないんだろう。

そうやって現実に戻るが、まだ時間があったので僕はベッドにジャンプインした。ごろりと仰向けになって携帯を見る。iPhoneのロックを外すと先ほどのメールがあった。

 

「季節でだれが一番好きなんやっけ?」
「んー、亜希かなぁ」

 

あらためて考えると、秋が女性であると決めつけてしまった自分の短絡さに憂いを感じた。多分僕は無意識に四季の登場人物を全員女性に置き換え、恋愛対象として見ていたのだろう。なんと視点の狭いことか。恋人として季節を見る必要はない。季節を女性と決めつけるのもおかしい。
友人の変態嗜好から発展した話題なのだから、僕自身、自分の性別を転換させるくらいの変態要素を入れて良かったと思う。相手が変態ならば、こちらもそれを上回る変態で応える義務が、変態の世界には存在する。

野狐(雄)から八子(雌)になり、僕は季節たちとの戯れを想像した。

「ねぇ、八子、好きな人とかいるの?」
私、八子は三条にあるリプトンカフェで奈津とお茶をしていた。奈津は私とは対照的で明るい子だが、こういったガールズトークが大好きで、たびたび私をお茶に誘ってくる。毎度のことだが、「何故私に?」という思いは今なお失せない。彼女は私の好きな人を聞くと、大抵「ふーん」と、笑みを浮かべながら聞くだけなのだ。
「そうだなぁ、最近、昭人くんとかいいかなって思ってるけど」
「へぇー、昭人かぁ。へぇー」
「ねえ、なんでいつも私の好きな人を聞いてくるの?」
「ん?別に理由なんてないわよ。ねぇ、昭人のどういうところが好きなの?」
「昭人くん・・・そうだなぁ、ちょっと儚げなところかな」
「確かに彼、猫背でいつも少し俯いてるから、儚げに見えるよね!え、それが好きなの?」
「うん、いやなんていうか、ほら、私あまり活発じゃないじゃない?静かな方が好きなのかも」
「え、じゃあ晴秀とか無理な感じ?」晴秀はみんなから爽やかイケメンともてはやされているクラスいちの美男子である。が、私からすればその爽やかさは必要なかった。また、今は同じクラスのさくらと付き合っているが、少し前まで梅子と付き合ったり、晴秀の女癖の悪さは噂が絶えない。
「ああ、晴秀くんね。彼が近づくと私くしゃみが止まらなくなるの。生理的に無理なサインかも」
「くしゃみ!? それは相当だね」そう言って奈津は大きく笑った。「でもほら、儚いって言ったら、藤司くんも儚げじゃない?彼、いつも寒そうにしてるし」
「いや、藤司くんは・・・彼の場合は、儚いというか、終わりを迎えた人って感じがするし」
「でも知ってる? 最近、藤司くん付き合いだしたの」
「え、誰と!?」藤司くんは根暗の極みと言われても異論があがらないであろう男子だ。マフラーで顔を半分以上隠し、咳をいつもしていて、そんな彼と誰かが付き合うのは想像が出来なかった。
「実はね・・・梅子」
「え、梅子、藤司くんと付き合ったの!?」
「私、梅子とも結構仲いいんだけど、彼女、藤司くんにびびっと来たらしいわよ。藤司くんを見て、本能的に顔が赤くなるのを止められなかったって」
「へぇー、そういうの、運命とかっていうのかなぁ。私も昭人に照れた顔、見せてみたいなぁ」
「・・・ねえ八子、本当に昭人がいいの?」
「え?うんまぁ」
「彼もなかなか女癖が悪いの、知ってる?女性に近づいては”人肌恋しす”とか言って、んで付き合って、でもフラれた女性はみんな枯れてしまう。彼は危険よ。」
私は昭人のそんな一面を知らなかった。でも。昭人になら、不意にキスをされても許せてしまいそうだ。昭人の壁ドンとか、たまの本気を見てみたい。そうやって近づかれ、付き合う年月が長くなるに連れ、適当にあしらわれるようになって。ああ、それでもいいのかもしれない。私は、本当はそういうのを求めてるんじゃないかしら?
「でも、昭人にだったら、いいかなとも、思ってしまっているわ・・・」私は自信なさげに、だが正直に言う。
「八子!」その瞬間、奈津は声を荒げてテーブルを勢いよく叩いた。「駄目よ!あなたは枯れてしまってはいけない。もういいわ。私、言えなかったけど、あなたのことが好きなの!あなたのことが好きで好きでたまらない。」
「奈津、ちょっと待って」
「八子のことは私が幸せにしてあげる!あなたを海に連れて行くわ!バーベキューもできる!私と一緒なら、外出が楽しくなる!八子、あなたは自分がインドア派とか言ってるけど、違う。私は本当のあなたを知ってる。私に身をゆだねて、自分を開放して、ね?」
「奈津」私は至って冷静だった。まくし立てる奈津に言う台詞は決まっていた。
「駄目?私じゃ駄目かしら?あなたを熱くする自信が私にはあるわ!性別の壁を越えましょう?ね?」
「奈津、あなた、暑苦しいわ」
彼女は泣きながら、カフェから立ち去った。ちょうどそのとき、すれ違いざまに、カフェに昭人が一人で入ってきた。泣いて出て行く奈津の姿を一瞥してから、彼は、私の方を見た。これが運命ってやつかしら。いつもと変わらぬ儚げな表情をする彼に、私は胸がきゅんと締まるのを感じた。


友人から返ってきたメールは「亜希w 擬人化乙www」だった。

おい、てめぇ自分の送ったメール読み返せ。心の中でキレながら、僕は脳内妄想劇を文章に起こして友人に送りつけてやろうかと思った。