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るなてぃっく野狐

野良狐がゆっくりと錯乱していく

未来へと繋がるブーケトス

二十六という年齢になると、周りが「結婚」で賑やかになり始める。顕著に見られるのがフェイスブックで、「〇〇の結婚式に出ました」とか「〇〇が〇〇と婚約」という他人のライフイベントが、タイムラインに表示されるようになる。他人の羨ましい人生に、僕は画面越しに「けっ」とふてくされるわけだが、ある投稿を見てから、僕は結婚式に底知れぬ闇を感じることになった。

友人の投稿には「未来へと繋がるブーケトス!ブーケは〇〇の手に」と書いてあった。

そう、ブーケトスである。受け取った者が次に結婚できる、そんな神話がこのブーケトスという儀式には存在する。まさに未来へと繋がるブーケトス、なわけである。

ふと思う。もしもブーケを受け取った人が結婚しなさそうな人だったらどうなるのだろう?と。冷静に考えれば、これは非常に恐ろしいことである。なにせ、ブーケを受け取ったものが「次」に結婚できる人なのであれば、その逆もまた然りで、ブーケ受取人が結婚しなければ、その会場にいる他の女性たちの未来も一緒に消え去ってしまうということだからだ。

例えば僕が女でブーケを受け取ったなら、まず周りの人に謝罪の言葉を述べる。「私、結婚する気はないの。あなたたちの人生も台無しにしてしまってごめんね。ブーケの奇跡はここで終わりよ」そう言ってブーケを燃やしてしまうかもしれない。まあそんなことをする勇気はないし、そもそも僕は女ではないので大丈夫だが、上記のような「結婚願望のない人」がブーケを取ることは、事実として、あり得る。こういった状況を考慮すると、結婚式に向けて、女性たちは水面下で激しい戦いが繰り広げられているのではないかと思い至った。彼女たちは戦士なのだ。私利私慾はもちろん、その場にいる他の結婚願望持ちの女性のためにも彼女たちは戦わなければならない。僕(野狐)の女狐バージョン(八子)に焦点を当てて、彼女たちの争いがどんなものか、見てみたい。

 

第一段階:招待状【軍編成】

それは結婚式の招待状が送られた日から始まる。招待状が来たその日の夜、結婚願望の強い八子はベッドの中、携帯で花嫁に連絡を取る。
「えー花嫁ちゃん結婚するのー!おめでとうー!」
「ありがとう、八子ちゃんはこれる?」
「うん、私いけるよ!あ、ねぇねぇ、他には誰が来るの?」
「えーとね、狸子ちゃん、ハム子ちゃんに、あとは大学の部活メンバーが中心かなぁ」
「へえーそうなんだー。え、狸子ちゃんって、あのパソコンのクラスで一緒だった子?」
「そうそう!彼女も来てくれるってさー」
「そうなんだ、あの子、あまり結婚願望なさそうだけどねぇ」
「え、どういうこと?」
「ううんこっちの話!りょーかい!ありがとうー!」
この時点で、かなりの情報が手に入る。ブーケトスの戦場に誰が現れるのか、その中で八子は自分の味方につけられそうなもの、敵となりそうなもの、そして敵の敵にもなりそうな人が誰かを整理する。上記の会話の場合、狸子ちゃんが全員共通の敵である。なぜなら彼女は結婚願望がなさそうだから。
早速、八子は狸子ちゃんに連絡を取る。結婚願望の強い八子は久しぶり、という狸子の台詞を遮って「狸子ちゃん、結婚式でブーケトスは出ないでね」と言う。そして、切る。決していじめではない。八子は、それが狸子ちゃんのためにも、他の子のためになることも知っているからだ。さらに、他の参加者にも電話をして確認作業を進める。自分と仲のいい子、従ってくれそうな子、彼女たちの恋愛事情をひとつひとつ把握し、自らにとって有利に進むよう、派閥を形成する。そして、敵の布陣の予測を立てる。

 

第二段階:二次会の打合せ【潜入捜査】

二次会の出し物担当になった八子は、他の女性たちと事前に打合せをすることになった。打合せの参加者には、可愛いがよく知らない子が二人くらいいるもの(だろう)。八子は早速、味方につけた後輩に指令を出す。
「テーブル端にいる栗色ボブの女性に接近せよ」
従わざるを得ない後輩は、栗色ボブの女の子の隣に座る。出し物について話し合いをする中、後輩は、何気ない会話を発展させ「栗色ボブに結婚願望はあるのか、彼女の派閥は何人体制でブーケトスに挑むのか」を訊き出す。ここで八子が先陣を切ってはいけないのが、彼女にとって歯痒いところである。直接情報を引き出せれば情報の信ぴょう性を自分で判断できる。しかし、出てしまえば、敵に自らが主犯格であることを悟られる。あくまでここは、スパイの出番なのだ。従える彼女が寝返らぬよう、報酬についても頭を悩ませなければならない。
潜入捜査で仕入れた後輩の情報を元に、敵の内情を探り、さらに敵を視認することができる。当日のアクシデントに備えるため、準備を怠ることはできない。勝負は、始まる前に既に決していると言っても過言ではない。

 

第三段階:挙式当日の受付【奇襲】

作り上げた布陣の調整は、この段階で終わる。八子は受付にべったりと張り付きながら参列者全員の表情を見て、ブーケトス参加者の意気込みを確認する。敵陣のリーダーと目があうと、それまでにこにこ顔だった八子は戦士の目に変わる。これは、相手も同様だ。さらに余興の時間では、自分たちが従え、育て上げた戦士を披露し合い、優劣を競う。ここで侮ってはいけないのが、第三勢力の存在である。どの派閥にも属さぬ、戦いなど露も知らぬという存在。第三勢力にブーケを取られてしまっては、八子も、彼女の敵も、全く未知の未来に踏み入れることになる。第三勢力がいたとすれば、各派閥はこの瞬間だけ共闘し、酒を持ってはつぶしにかかる。

 

第四段階:ブーケトス直前【武器放出】

ブーケトスでは「え、私!?」という、偶然にも取っちゃった感を出さなければならない。これは公式ルールブックの第34条第4項にも記載されており、この演出がなければ、ブーケトスは無効扱いとなってしまう。故に、彼女たちはブーケを投げる花嫁の後ろで、あからさまな殴り合いをすることができない。そこで、彼女たちは針を用いる。ハンドバッグの中に仕込ませたそれを、敵陣に当てるのだ。仲良くおしくら饅頭しているように見えて、その実、そこにあるのは針地獄なのだ。八子もまた、痛みに耐えながら、他の戦士に針を突き刺す。

 

第五段階:ブーケが花嫁から放たれた【そして、未来へー】

花嫁がブーケを投げる瞬間、新米戦士は我先にと手を挙げてしまう。それまでどこかの派閥に所属していた戦士でさえ、花束の魅力にはあらがえない。八子にとってみれば、だが、それも想定内である。バッグではなく、人差し指の爪と肉の間に仕込ませた針で、手を挙げた他の戦士の二の腕に素早く指を当てる。「いたいっ」我に返った戦士たちは、指された腕を降ろし、逆の手でそこを押さえる。これで彼女たちに、ブーケの未来はなくなってしまう。
ほとんど全員がこれで離脱してしまうが、それでも残るのはやはりリーダー格だ。他のリーダーも、アイシャドーの先っぽで視界を奪ったり、鏡による太陽光の反射、スパゲティなどの縄を使って他勢力、及び裏切り者を排除していく。こうして生き残った数人の猛者は、ブーケを我が元に降らせようと、眼光から念力を発する。ブーケが投げられた直後、彼女たちはその立ち位置から動いてはいけないため、最後は念力の戦いなのだ。だが、念力には多くのエネルギーが必要である。体力を使い果たした各派閥のリーダーたちは一人、また一人と倒れていく。尚も宙で左右上下不規則に飛ぶブーケは、花びらをぱらぱらと舞わせる。最後には、猫組の大将明美と八子の一騎打ちとなった。二人の体力はとうに限界を超えている。己に帰ってくる最高の未来が、かろうじて意識を保っていられる理由だった。先に倒れたのは、猫組の明美だった。最後の力を振り絞りながらも、八子は、ブーケを手に入れた。
こうして、戦いの歴史は幕を閉じる。だが、新たな未来という名の戦地が、また、八子の手から始まるのであったー

 

友達の結婚式に出て、ブーケを受け取った子がいた。ちょうどよいので「実際のところどうなんよ」と聞いてみると「そういうのは一切ないよ」という、シンプルな答えが返ってきた。

よかった。