るなてぃっく野狐

野良狐がゆっくりと錯乱していく

日常から乖離した不自然ワードはこういう時に使う

月曜日が祝日だと、とても幸せな気持ちになる。

今日なんてそうなのだが、今日は仕事に出なければならなかった。せっかくの幸せが台無しである。むしろ、それは、より深い絶望となる。社長と二人でやんややんや言いながら、資料がひと段落したために一旦帰ることに。スペインからの資料を待つため、今日の夜、また会社にいかなければと思うと一層、気が滅入る。

そんなわけで、日中はせめて楽しくいたいと思い、昼飯は少し豪勢にしようと思い至る。

豪勢=寿司、焼肉

という脳内方程式が完成しているため、僕は桃山の商店街にある焼肉屋に入ることにした。

店内に入って、若い、まだ接客にも慣れて居なさそうな焼肉屋ガール(店員)が二人掛けのテーブル席へと案内してくれる。席に着くと僕は、看板メニューとして出されていたカルビ焼肉定食なるものを頼み、それが来るまでの間パソコンで作業をしていた。周りは家族連れが多く、一人の客もちらほらとはいたものの、多分パソコンを開けた瞬間、僕は異質になってしまった。斜め向かいのテーブルに座る5歳くらいの男の子が、僕の方を(正確に言えばパソコンを含めた僕の全景を)眉間に皺を寄せ、口を半開きにしながら眺めていた。

予期せぬ子どもの眼差しに苦笑いを返した際に、彼にあって、僕にないものを僕は見つけてしまった。お茶である。少年及び彼の家族は、全員ジョッキに入ったお茶を飲んでいた。ウーロン茶を注文したのだろうか、そう思って、他の客を見てみるが、彼らもお茶ジョッキがテーブルに置かれていた。なるほど、焼肉屋ガールがお茶を出し忘れただけか、そう確信し、あとで定食が来たらお茶を注文しようと思って仕事を続けることにした。5分くらいして、お盆にのった焼肉定食が運ばれてきた。お盆を置いて去ろうとする焼肉屋ガールの背中に、僕は声をかける。

「あの」

そこまで言って、お茶を頼もうとしていた自分に疑問を抱いた。果たして、この店では本当にお茶がスタンダードなのだろうか?周りの客はウーロン茶を頼んだのではないだろうか?はたまた、飲料に関してはセルフサービスなのかもしれない。お茶と水の選択肢があるかもしれない、丸亀製麺なんてそうだ。

この店は初めて来るからそんなこと知らなくて当然なのだが、お願いをする以上、どんな方向に会話が転んだとしてもスマートに対応できることが求められた気がした。彼女が振り向くまでのコンマ一秒の間に、そうやって僕は抱いた疑問を整理し、発信する内容を言葉に還元した。

「液体ってありますか?」

おそらくその発言に対して一番最初に「は?」と思ったのは僕自身である。「は?意味がわかりません」の「は?」である。口走った瞬間に頭の中で、もう一人の僕がそう言っていた。多分僕が店員なら「は?液体?ここはそういうお店ではありませんが。てかそういうお店でも液体のオーダーなんてないと思うんですが。そういうお店ってなんですか?」などとまくし立てていたかもしれない。でも焼肉屋ガールは優しいからそんなことは言わなかった。彼女は困惑に充ち満ちた表情で、そしてどこか僕に警戒したような表情で、丁寧に言葉を返す。

「・・・・・・はい?」

それは正しい反応である。飲食店で「液体」が客の注文するワードで出てくることなどほぼあり得ない。学生の頃、僕も焼肉屋でバイトしていたこともあるから分かる。あの当時、店内で液体という言葉を聞いたのは、恐らく店長の「トイレ掃除の時は、この液体を拭きかけてから中を磨くようにね」発言くらいである。もしかしたら店長は、液体とまで丁寧に言わず、青い液体の入った容器そのものを指さして「これ」とか「あれ」とか言っていたかもしれない。そうなると、焼肉屋でバイトしていた僕にとっても、液体というのは日常から乖離した不自然ワードのひとつである。

そう、液体という単語は、物質としてはありふれている。だが、液体を液体と言うことは、僕らの生活の中では、実は稀なのだ。それは何故か?それは、液体が定義しうる範囲が広すぎるからだと僕は思う。例えば、目の前に差し出されたお盆にある味噌汁も液体である。僕たちの身体に流れる血も液体だし、あの美しいナイアガラの滝だって液体だ。さもすれば、他の惑星にも液体は存在する。「液体」は、液体たりえるもの全てを包括してしまう。そこまで偉大なる存在を、日常の一コマで使ってしまうと、それは場違いもいいところだ。液体という単語は、俗世に生きる僕らが使ってよい単語ではない。液体は、こんな会話に使われるべきである。

 

神A「世界が構築できた」
神B「素晴らしい偉業を成し遂げたな。いやはや、大したものだ」
神A「ところでどうだね、何か、足りない要素はないかね?」
神B「もはや私に言うことはない。この世界は完璧だ。・・・おや、あそこで蠢いているのはなんだね?」
神A「ああ、あれは鹿という生物だ。どうだ、可愛いだろう」
神B「ははは、そうか、鹿か。・・・・・・あの生き物、ちょっと気味が悪くないか?」
神A「なんだと!? 貴様、この雷の槍で貫いてやってもいいのだぞ!?」
神B「落ち着いてくれ。いやはや、可愛いのは事実だが、蠢くのはどうかと思う。ほら、わしらは元気なのにに、あれは死にかけているではないか」
神A「なるほど、確かにそうかもしれない」
神B「それに、この世界、確かに物質には満ちあふれているが、何か生気を感じない」
神A「やはり貴様、この雷に貫かれたいか!?」
神C「逆ギレはやめようぜ」
神A、B「神C!? おぬし、生きていたのか! よく神々の戦争を生き延びたな!」
神C「ああ、俺は、こいつに救われたんだぜ」
神A「なんだね、それは?」
神C「まあ、見てなって。あの鹿とやらに、こいつをちょっと垂らしてもいいかい?」
神A「おぬしがそう言うのであれば・・・しかし、責任はとりたまえよ」
神C「任せな。こいつをちょいと垂らせば・・・ほら、元気になった!」
神B「おお、すごい、これは奇跡だ! ときに、神C、それはなんという物質なのだ?」
神C「これかい? これはね、液体って言うんだ。全ての生命が、より活発になる物質さ」
神A「液体、か。神C、ありがとう。君のおかげで、あの鹿は断然可愛くなった。どうかね、その液体というの、この世界全体に振りかけてはくれないかね?」
神C「お安い御用さ。そら! あっ!」
神B「ああっ!世界の半分以上が液体に覆われてしまった!」
神C「神A、ごめんよ、つい、手が滑ってしまって・・・」
神A「いや、構わん構わん、あれはあれで美しい。そうだな、あれは海と名付けよう」

 

「あ、飲み物とかって、ありますか?」

そう言うと焼肉屋ガールは、忘れてましたと言わんばかりに頭をぺこぺこと下げながら普通にお茶を持ってきてくれました。