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るなてぃっく野狐

野良狐がゆっくりと錯乱していく

ある夏の夜のことだった。

昔、とは言っても大学4回生の頃の話である。

滋賀に実家があるサークル仲間のけんぢの家に、同じサークルの男4人で遊びに行ったことがあった。彼の実家は郊外にあったため、ものすごく広かったことを覚えている。サークルを卒業する直前の夏のことだった。けんぢの帰省に合わせ、僕らは5人仲良く、京都駅から一緒に彼の実家に向かった。

 

京都から滋賀に向かう電車の中で、一日の予定を確認した。段取りは決まっていた。まず、けんぢの実家に向かい、バンに乗り換える。その後琵琶湖の海水浴場へと繰り出し、可愛い5人組の女の子をナンパ、ゲットしたら帰宅。夕焼けをバックに見知らぬ男女で、BBQパーティをするという計画だった。

・・・・・・この時点でみなさん既に検討はついているだろうが、「男5人組」で海に行く時点で、もはや負けは確定している。

男5人は、つまりその中の半分は自ら女子に声をかけられない男だということだ。僕を含め3人は、サークル内でナンパ師と称される「けんぢ&ちゃん」の功績にあやかろうとしていただけだった。この時点でもう駄目だが、この計画にはもうひとつの欠陥があった。「女子5人組」を海で探そうとしたこと。3、4人ならともかく、5人だと、車2台か、車1台にぎゅうぎゅう詰めで乗り込む形になる。そんな状態になってまで海水浴場に遊びに来る女子オンリーの集団など、もはや居ないに等しい。海に行くときは是非注意して欲しい。「5」は、魔の数字である。

 

それでも、大いなる期待を胸に、僕らは車の中で最高に盛り上がっていた。サザンオールスターズが流れると窓を開けて大声で歌い、「今日は可愛い子に出会う!」と発狂したり、「それをぶち壊してやろうぜ!」と意気投合したりした。海に向かう車中、僕らはとにかく、絶えず叫び声をあげていた。

 

琵琶湖に到着後、ナンパ師、ちゃんはすぐに行動に出た。服を脱ぎながら車から降り、割れていない腹筋とぐりんぐりんの胸毛を堂々と出し、オレンジの海水ズボンで、駐車場からそのまま先陣切って浜辺まで走って行った。よくあの体型で自信を持てるなと思ったが、走る彼の背中は確かにあの瞬間、雄雄しかった。

しかし浜辺で待つのは辛い現実、通りすがる女の子たちに絶えず会話を試みるも、彼は空気のような扱いを受けた。その姿を見て、ナンパ経験のない、けんぢを除いた僕ら三人は既に敗北した気持ちになっていた。結局、けんぢはちゃんと合流しナンパを続け、僕ら負け組トリオは潔く諦め、童心に帰り、浅瀬でビーチボールを使って遊ぶことにした。

二時間ほどして、海の家で休む僕らトリオのもとに、どこからともなくナンパ兄弟が戻ってきた。席に着くなり、けんぢが楽しそうに言う。

「琵琶湖の女子はレベルがたけぇなぁ」

ちゃんもあれだけ振られていたのに、嬉しそうな表情で浜辺の方を見て言った。

「いや、ほんまに半端ない、でもやっぱ可愛い子多いなぁ」

彼の背中には大量の砂がついていた。後から聞いた話、ちゃんは途中でナンパを諦め、砂浜でずっと寝そべっていたのだという。サングラスをかけ、自分の周囲を歩く女性を下から満遍なく、ひたすら眺めていたそうな。それを聞いて、僕はそれまで味わったことのない悪寒を感じた。

「でも、まあ無理やろうなぁ。そもそも5人ってのが無理やん。てかお前らも遊んでないで手伝えよ」

けんぢが言うので、僕らはそれぞれ否定しにかかった。

「いや、無理やろ」

「ごめんやっぱ俺ら話しかける勇気とかないわ」

「お前らほんますごいよなぁ、俺にはあんなことできんわ」

それを聞いて、けんぢは大きなため息をついた。呆れたか?と思ったのもつかの間、彼は顔をあげると空に向かって叫んだ。

「まぁ、でも、男5人でも十分楽しいもんな!ビーチバレーしようぜ!」

これが男同士の友情である。なんと素晴らしい思い出だろうか。

 

その後5人で再び浅瀬に繰り出し、ボールを最大限に活用して遊びつくした。やがて疲れ切った身体を車の中に寄せ合い、帰路についた。往路とは全く逆のテンションで、運転手以外はみな、頭をかくかく、前後左右に静かに揺らしていた。ちなみに、行きも帰りも、運転手はけんぢだった。

家に着くと、けんぢのお母さんがBBQの支度をしてくれていた。開放的な庭(敷地外との境界線がないので、どこまでが庭か定かではない)におかれたテーブルと椅子、そしてBBQセット。ビールを飲み、肉を喰らい、くだらない話で僕らは終始どんちき騒ぎを続けた。いつの間にか太陽は沈んでいて、空をあおげば満天の星空がそこにはあった。しばらく5人で寝転がって、センチメンタルに夜空を見上げることにした。それは誰かが言い出したわけではない、ただ黙って、みな互いのコンセンサスが取れたことを認識していた。僕は酒に酔って意識が朦朧としていたが、多分そんな感じだったと思う。

 

空を見ていると寝そうだったので、顔を横に向けて、近くにあるものを見ようとした。その時、口の中に少しばかりの砂利が入った。ぺっ、ぺっと吐き出したあの瞬間、僕の中で、新しい人格が覚醒したのだと思う。

 

ひと通りのセンチメンタルを各々静かに味わってから、けんぢが用意してくれていた花火セットで、僕らはまた騒ぎ始めた。「絶対に花火は人に向けないように」と幼少の頃の教えなど、誰が思い出せるだろうか。ねずみ花火を互いの足元に投げ合い、ロケット花火を真横にぶっ放し、一度に20本の花火を手に持ってぶんぶん振り回した。そして最後は線香花火で、冷静さを取り戻す。

片付けを済ませてから、順番に風呂に入り、二階にあがった。「客間に5人一緒は狭いかもしれないけど」とけんぢのお母さんは言ったが、布団5枚など余裕で並べられる広さだった。 僕たちは疲れ切った身体を、倒れ込むようにして布団に預けた。

田舎だから、僕らが静かになると聞こえてくるのは外から鈴虫の鳴き声だけだった。人の歩く音も、車の通る音もない。りーん、という鳴き声が数秒刻みで奏でられていて、その狭間には全くの静寂があった。しばらくは、そんな静けさが続いた。

 

だが、しばらく静けさが続いたところで、僕は、自分が全く眠くないことに気づいてしまった。驚くほど冷静に、鈴虫が何秒後に鳴くかを考えていた。

それは、車の助手席でいびきをかいて寝ていたから、BBQで酒に酔いウトウトしていたから、センチを半分味わいながら寝ていたからだった。もう、全く眠くないのだ。そして、そのタイミングで、新しい人格も産声をあげた。隣で眠っているけんぢに向かって、僕は関西育ち小6男子風ボイスで話しかけた。

「あんなぁ、けんぢぃ、あんなぁ」

「・・・・・・」

「なぁ、けんぢぃ、起きてるぅ?」

「・・・・・・」

「なぁなぁ、けんぢぃ、僕ぅ、けんぢに言わなあかんことあんねん〜」

「・・・・・・んやねん・・・」

「あんなぁ、僕なぁ、土食べんねん〜」

「・・・・・・ぁあ?」

「あんなぁ、僕なぁ、土食べんねん〜」

 「・・・んやねん、誰やねんお前・・・・・・」

「僕の名前〜?僕の名前聞いた〜?僕はなぁ、土太郎やでぇ」

「・・・誰やねん・・・土太郎ってよぉ・・・」

「僕なぁ、土食べるから土太郎やねん〜」

「・・・んやねん、勝手に土食ってろやぁ・・・」

「でなぁ、けんぢぃ」

「・・・・・・」

「でなぁ、けんぢぃ」

「・・・んやねんっ・・・」

「僕なぁ、土好きやねんけどなぁ、けんぢも土食べるぅ〜?」

「・・・いやええわ、ほんまにええから、土太郎さっさと寝ろや・・・」

「なんでなん?けんぢ、なんで土食べへんのん?美味いねんでぇ」

「・・・うっさいわ・・・」

「けんぢも土食べぇやぁ。美味いねんでぇ、土ぃ〜」

「・・・わかったわかった、もぐもぐ、はい、土食ったったで・・・」

「けんぢぃ、それ土ちゃうでぇ、おはじきやでぇ〜」

そこでけんぢはキレた。

 

新しい人格を再現させるのにはタイミングが重要だということを知った、ある夏の夜のことだった。